オバサンの独り言

 

   2011年 3月11日の東日本大震災は日本を根本から揺るがした。

    地震・津波対策と原発安全管理の「想定」の甘さが明らかになり、原発安全神話が崩れた。私達が享受する豊かな生活が「砂上の楼閣」であることを再認識させられた。

    稲盛和夫氏は、「組織が肥大化した。慢心と弛緩が蔓延し、最大の危機に対処する力を失っていたのは不幸なことだ」と東京電力を批判したが、これは日本全体に対する戒めの言葉でもあると思う。

    過去の失敗を徹底的に分析し、その教訓を次の対策に生かして致命的な大事故を未然に防止するという謙虚な弛みない学習システムの欠如がもたらしたツケはあまりにも大きかった。「想定外」は言い訳にならない。福島原発事故は企業、官僚、政治家、専門家の驕りがもたらした人災でもあるのだ。

    しかし、この国家的危機は助け合い、支え合う思いやりの気持ち、連帯の精神を日本人に蘇らせた。「被災地、そして日本を絶対に復興させるんだ」という再生への強い思いが高まっている。特に若者の活動が頼もしい。義援金もボランティアも着実に増えており、自己中心の無関心社会が今変わろうとしている。

    福島原発事故は世界に大きな衝撃を与えた。津波の如く“German Angst”に見舞われたドイツも大きく変わった。

    世論は一気に原発反対に転じて、緑の党が地方選挙で大きく躍進した。キリスト教民主同盟(CDU)の牙城だったバーデン・ヴュルテンベルク州では緑の党が第二党になり、社会民主党(SPD)と連立を組んで政権をとった。ドイツで初めて緑の党の州首相が誕生する。

    世論調査機関「フォルザ」によると、現在の支持率はキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が31%、緑の党が28%、SPD23%、自由民主党(FDP)が 3%である。連邦レベルでも緑の党が第二党に躍進しており、緑の党とSPDが連立を組めば、緑の党の連邦首相が誕生する勢いだ。

    世論の急激な変化に危機感を持ったメルケル連邦首相は、原発政策を抜本的に見直し、原発からの撤退を計画より早く実現することで16の州政府と合意した。すでに福島原発事故発生直後に古い原発7基を一時停止させている。今後は再生可能エネルギーの促進、送電網の整備、エネルギー効率の改善などを進めていく方針だ。

    ドイツの電力生産の内訳をみると、原子力発電が23%、褐炭火力発電が23%、石炭火力発電が18%、天然ガスが14%、再生可能エネルギーが17%、その他が 5%である。

    メルケル首相は急遽、原発政策の転換を決めたが、具体的かつ実現可能なエネルギー供給コンセプトを十分に検討する前に見切り発車した感は否めない。今後のエネルギー政策の混乱が懸念される。

    原発から再生可能エネルギーへの転換は望ましいことであるが、再生可能エネルギーで100%代替できるようになるまでの移行期間のエネルギー供給はどうするのか。

    褐炭・石炭の火力発電には温室効果ガスの問題があり、火力発電所を増やすことはまさに環境保護に反する。二酸化炭素排出量削減目標を達成できるのか。

    再生可能エネルギー促進では送電網の大幅拡張が不可欠である。風力発電設備や送電設備の建設を住民が受け入れるのか。設備やインフラへの膨大な投資コストは負担できるのか。

    原発を停止すれば電力の輸入が必要になるが、フランスやチェコなどからの安い原発電力の輸入は正当化されるのか。脱原発政策と矛盾しないのか。

    ドイツの電気料金はすでに高水準であるが、一層高くなる電気料を国民は受け入れる用意があるのか。産業への影響は・・・。

    多くの難問が山積している。早期撤退を決めたもののまだ希望的観測に基づく青写真であって、その実現は未知数だ。

    福島原発事故発生直後は原発反対デモが政治的に利用されたこともあり、感情的な議論に終始した。メディアは原発事故の恐ろしさだけを書きたてて不安を煽っていたが、ようやく脱原発の問題点やコストについても取り上げるようになった。徐々に現実に引き戻されてきたようだ。

    福島原発事故でドイツが出した解答は原発の早期完全廃止だった。再生可能エネルギー利用ではドイツは世界でも先行しており、ドイツ経済にとって大きなチャンスでもある。

    ドイツの試みが成功するかどうか、世界中が注目している。イデオロギーに左右されない、冷静な分析と判断に基づく持続的なエコ・エネルギー政策を期待したい。

    便利で豊かな生活に慣れてしまった私達は今、価値観の転換を求められている。

2011年4月23日)

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